探訪経緯16-4(渡邉妙佳法尼との別れ、そして奇しき符合)

東郷寺

東郷寺で「聖将」の眼光

翌6月29日。私たち夫婦は、午後6時、東京都府中市にある東郷寺へ到着しました。
厳かな寺院の境内は、僧侶、ご親族、信者、そして関係者の方々が慌ただしく入り乱れていました。その中で、母の妹である季世叔母さんが待っていてくださいました。

季世叔母さんは「日蓮宗天光結社」の信者であり、かつて宗教問題で悩んでいた私を引き合わせてくれた恩人です。以来、私は信者ではありませんでしたが、渡邉妙佳先生には折に触れて気にかけていただいておりました。叔母さんに案内されて大広間へ入った瞬間、私はいきなり突き刺さるような鋭い視線と目が合い、「……!!」思わず唖然として立ち止まってしまいました。隣にいた妻も、何事かと驚いた顔をしています。

視線の主は、大広間に掲げられた「東郷平八郎元帥海軍大将」の等身大肖像肖像でした。「なぜ、ここに東郷平八郎元帥が……?」恥ずかしながら、私はその時初めて、東郷寺の「東郷」が元帥の名に由来することを知ったのです。明治天皇からの信頼もこの上なく厚く、日本国民に深く尊敬され仰慕された、あの近代史の英雄が、等身大で目の前に鎮座している。その迫力に圧倒され、ただ呆気に取られてしまいました。

先月、外山御料牧場と日露戦争の繋がりを調べていた時、資料の中で嫌というほど目にしたお名前が、乃木希典とこの東郷平八郎でした。「まさか、こんな場所で繋がるとは……!」と、内心で叫ばずにはいられませんでした。しかも、かつて私たちが結婚式場の候補として迷っていたのが、東郷平八郎を祀った「東郷神社」と、乃木希典を祀った「乃木神社」だったというのも、単なる偶然とは思えない不思議な縁を感じさせました。

「雨ニモマケズ……?」

通夜の開式前にお手洗いへ行っておこうと大広間を出て、廊下を歩いていた時のことです。掲示板に、達筆な毛筆で書かれた宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が目に入りました。

「あっ、ここにも宮沢賢治だ」いつもいきなりひょっこり現れる賢治。日蓮宗のお寺だから不思議ではないと思いつつ、一度は通り過ぎて用を足しました。そして戻る際、改めてその達筆な書を眺めてみると……どこか様子が違います。

「雨ニモ……当テズ?」

思わず足を止め、読み進めるうちに私は苦笑いを漏らしてしまいました。それは、現代の過保護な教育や子供たちを皮肉った、見事なパロディ詩だったのです。

「雨ニモ当テズ」

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雨ニモアテズ 風ニモアテズ 雪ニモ 夏ノ暑サニモアテズ
ブヨブヨノ体ニ タクサン着コミ 意欲モナク 体力モナク
イツモブツブツ 不満ヲイッテイル
毎日塾ニ追ワレ テレビニ吸イツイテ 遊バズ
朝カラ アクビヲシ 集会ガアレバ 貧血ヲオコシ
アラユルコトヲ 自分ノタメダケ考エテカエリミズ
作業ハグズグズ 注意散漫スグニアキ ソシテスグ忘レ
リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニトジコモッテイテ
東ニ病人アレバ 医者ガ悪イトイイ
西ニ疲レタ母アレバ 養老院ニ行ケトイイ
南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ
北ニケンカヤ訴訟(裁判)ガアレバ ナガメテカカワラズ
日照リノトキハ 冷房ヲツケ ミンナニ勉強勉強トイワレ
叱ラレモセズ コワイモノモシラズ
コンナ現代ッ子ニ ダレガシタ
(作者不詳)

後ほど東郷寺の僧侶に、どなたの作なのかを伺ってみました。すると、新聞に掲載されていたものだということでした。なんでも、賢治の故郷である岩手県盛岡市の小児科医が学会で発表したもので、原作者はどこかの校長先生らしく。和尚さんが気に入り、自ら筆をとって書き写したとの事でした。

東京の府中にあるお寺で、わざわざ私の故郷・盛岡にゆかりのあるパロディが掲げられている。その奇妙な巡り合わせに、背中がむず痒くなるような感覚を覚えました。

「馬と桜と宮沢賢治」

自宅に帰った後、私はさっそく東郷寺についてインターネットで検索してみました。由緒によれば、聖将山東郷寺は東郷平八郎を開基とする日蓮宗の寺院。その荘厳で重厚感あふれる山門は、2010年に東京都選定歴史的建造物に指定されるほどの名建築でした(山門下の見事な枝垂桜は、日蓮宗総本山である身延山久遠寺から拝領した苗木だそうです)。

さらに調べていくうちに、私の目を見開かせる事実が飛び込んできました。宮沢賢治の菩提寺として有名な、岩手県花巻市の「身照寺」。実はこの東郷寺と身照寺は、ともに旧盛岡藩主・南部家が深く関わって建立された寺院であり、賢治の没後も、弟の宮沢清六氏と東郷寺との間には深い交流があったというのです。

馬、桜、日露戦争、そして宮沢賢治――。
外山を起点として調べ始めた点と点が、岩手から遠く離れた東京の地で、まるで磁石に吸い寄せられるように一つに繋がっていく。

渡邉妙佳先生との最後のお別れの場で、私は目に見えない大きな流れに背中を押されているような、不思議な感覚に包まれていました。

「こんなにも関係の深いものばかりに、次々と遭遇するものだろうか……」

あまりに濃密な偶然の連続に、私はただ深い感嘆のため息をつくばかりでした。

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