探訪経緯15-1(外山が張り巡らす不思議な糸)

2006年6月 目まぐるしく追い求めた「外山」の正体

2006年5月下旬。北海道の新冠御料牧場を視察した私は、猛烈な衝撃の中にいました。実際に行ってみなければ分からないことの連続で、その圧倒的な規模と歴史の深さに打ちのめされていたのです。

なぜ、岩手の山奥である「外山」で、これほどの国家プロジェクトが動いていたのか?その疑問が、私の探求心にさらなる火をつけました。道先案内人である『外山開牧百年史』に記された場所をすべて巡り、もっと深く学ばなければならない。そう心に誓った私は、明治維新以降の日本情勢、そして皇室の歴史について調べ始めました。

猛勉強で見えてきた「戦争と馬」の歴史

三浦先生の奥様から頂いた専門書を読み漁り、さらには中公文庫の『日本の歴史』シリーズを「明治維新」から「太平洋戦争」まで一気に揃え、猛勉強を開始しました。かつて学校の成績は芳しくなかった私ですが、外山という存在に出会わなければ、日清・日露戦争のことさえ詳しく知らないまま一生を終えていたでしょう。

読み進めるうちに、驚くべきことに気づきました。あの岩手の山奥、外山の歴史は、当時の日本情勢と密接に関わっていたのです。激動の時代、国を挙げた軍備に欠かせなかったのは「馬」という存在でした。外山の馬の歴史を追いかけ、幕末から明治維新、戊辰戦争、富国強兵……と年代を遡りながら調べていくうちに、一人の人物に突き当たりました。――乃木希典

「えっ、マジですか?」乃木神社と私の奇妙な縁

歴史にも神社にも無知だった私ですが、これを機に「乃木希典と馬」の関係を調べ始めました。そこで初めて、明治天皇の崩御に際して殉死した乃木将軍の忠誠心を慕って建立されたのが「乃木神社」であることを知ったのです。

「えっ、マジですか……?」言葉を失いました。なんと、私たちが結婚式を挙げたあの乃木神社こそが、乃木希典を祀る神社そのものだったのです。妻に告げると「乃木大将を祀っているのは知っていたよ」と事も無げに言われましたが、私にとっては天地がひっくり返るような大発見でした。私と妻・早知子の交際期間はわずか半年ほど。当初は食事会を考えていましたが、両家の母たちの強い希望もあり、急きょ神前式を行うことになりました。その時の候補は代々木の「東郷神社」と、赤坂の「乃木神社」

引き寄せられた運命

唖然としながら、つくづく不思議なご縁を感じずにはいられませんでした。「もしかしたら、外山と何か関係があるかもね」その時は、そんなふうに冗談めかして笑っていましたが……。


まさか20年後の2026年、それが単なる偶然ではない「深い関係」であったことが判明するとは、この時の私はまだ知る由もありませんでした。

2007年(平成19年)6月 池上先生の本に巡り合い9年目。外山の散らばっていた歴史のジグソーパズルを集めはめ込み歴史の全貌が表に出たことで、依頼主である玉山村村長 工藤久徳氏に最終報告。ですが、2006年(平成18年)1月 玉山村は盛岡市に編入合併で、窓口が盛岡市に変わった事を告げられます。

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