2025年1月28日
2025年1月28日、再び東京へ。新幹線で向かった先は、赤坂の乃木神社(公式HP)。目的は毎年恒例の新春祈願とともに、旧乃木邸の視察や陸軍大将・乃木希典と馬に関する資料の見学、そしてこのホームページへの肖像や資料掲載の依頼をするためでした。
乃木神社での結婚式が運命の始まり
- 乃木神社御祭神百年誌より
- 乃木神社御祭神百年誌より
乃木神社は、私たち夫婦が挙式を挙げた思い出の場所です。交際期間は半年ほど。最初は親族だけの食事会を考えていましたが、妻の両親も私の母も挙式を望んでおり、急きょ神前式を行うことに決まりました。挙式の候補に上がったのは、代々木の東郷神社と赤坂の乃木神社。両神社とも日露戦争に深く関わっていた歴史がある事など知らないまま、下見をしました。
乃木会館で説明を受け、神楽を舞う舞台があることを知った瞬間、私は心を奪われました。舞台に関わる仕事をしていたこともあり、その魅力に惹かれ即決。妻も気に入ってくれたので、乃木神社での挙式が決まりました。平成4年2月8日、前日に雪が降る寒さの中での式を今でも鮮明に覚えています。
- 乃木神社にて挙式
それ以来、毎年初詣は乃木神社へ。そんな中、池上雄三著の『宮沢賢治・心象スケッチを読む』に出会い、外山の馬の歴史を追いかけ幕末から明治維新、戊辰戦争、富国強兵と年代をさかのぼり日清・日露の歴史を調べるうちに乃木希典氏の存在を知ります。
「マジ?」。
驚いたことに、自分たちが結婚式を挙げた乃木神社が、まさに乃木希典を祀る神社だったのです。歴史にも神社にも無知だった私ですが、これを機に乃木希典と馬の関係を調べ始めました。
ついに叶った旧乃木邸と馬小屋の視察
今回の乃木神社訪問では、新春祈願の予約時に、乃木希典大将の肖像や資料の掲載依頼をしていました。すると担当の飯島正弘氏から連絡があり、当日お会いできることに。さらには、乃木希典と関わりのあるかもしれない新山春一氏の同行も了承いただけることになりました。
- 乃木神社御祭神百年誌より
- 乃木神社御祭神百年誌より
前回同様、10時33分に東京駅に到着。この日も快晴。地下鉄で乃木坂駅へ。11時に乃木神社に到着し、社務所で受付を済ませました。待合室で中央乃木會 常任理事・事務局長で禰宜*でいらっしゃる飯島正弘氏にご挨拶をさせて頂き、先に新春祈願の参拝をさせて頂きました。
乃木神社参拝を決意させた“御神馬”との邂逅
妻が永眠してからも30年以上、私は毎年この場所で新春の祈願を続けてきました。今年はどうしようか思案しながら盛岡八幡宮の参道で御神馬を拝見したことが、私を再び乃木神社へと導いてくれました。乃木神社は、私たち夫婦にとって出発点となった特別な場所。改めてこの地に足を運び、来年も、再来年も変わらず訪れようと誓いました。
乃木希典と馬の歴史に触れる貴重な時間
新春祈願を終えた後、新山春一氏と合流。飯島氏に新山氏を紹介しました。新山氏は、かつて下総・新冠・外山の三つの御料牧場を兼務した新山莊輔場長の子孫。もしかすると、乃木希典大将と莊輔場長は顔見知りだったかもしれない——そんな歴史の繋がりに思いを馳せながら会話が弾みました。
さらに、乃木希典大将のページを作成するため、肖像や資料掲載のお願いをしました。ありがたいことに、当方の趣旨を快く受け入れてくださり、さらには乃木希典と馬に関する貴重な資料を驚くほど用意してくださっていました。乃木大将と愛馬との絆を示す資料は、胸を打つものがありました。しかも、2023年に創建100年を迎えるにあたりデータ化された資料を後ほど送ってくださるとのこと。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
その後、なんと飯島氏のご厚意で旧乃木邸と馬小屋を案内していただくことに。思いがけないサプライズ。長年訪れたいと思い続けていた場所に、ついに足を踏み入れることができました。
念願の旧乃木邸と馬小屋の見学 歴史が息づく場所で感じたこと
旧乃木邸は乃木神社の隣にあります。妻といつか一緒に訪れたかった旧乃木邸と馬小屋。毎年乃木神社には参拝していましたが、年末年始は休館のため、なかなか訪れることができずにいました。「岩手の競馬史」で読んだ<乃木大将の愛馬の碑>から20数年、ついに念願が叶いました。
しかも、飯島氏の解説付きという贅沢すぎる時間。特に見たかった馬小屋は、煉瓦造りの立派な建物で、馬専用の井戸までありました。屋敷よりも先に馬小屋が建てられたという話を聞き、乃木大将の馬への愛情を感じます。
馬房には愛馬「壽(す)」号、副馬「璞(あらたま)」号の名前が刻まれ、「馬をこよなく愛し、大切にしていた乃木大将の人柄が偲ばれる」との説明がありました。歴史の中で生きた馬たちとの深い絆。乃木希典氏も一條牧夫氏、新山莊輔氏と同様に心から馬を愛し大切にしていたのだと改めて実感しました。
馬小屋を見学していると、新山春一氏が「そういえば、莊輔さんは赤坂に住んでいたはず。墓地は青山霊園」と話してくれました。もしかしたら、乃木大将と新山場長は親交があったのかもしれない。歴史のロマンを感じずにはいられませんでした。
旧乃木邸の屋敷内には入ることはできませんでしたが、飯島氏の解説を聞きながら、窓越しに往時の姿を想像する時間は、何よりも贅沢なひとときでした。旧乃木邸の一般公開は、乃木将軍ご夫妻の御殉死の日に合わせて毎年行われるそうです。そして、乃木神社に戻り、宝物殿へ。
乃木神社の宝物殿で出会った意外な品
乃木神社内ある宝物殿は小さいスペースながら、乃木希典に関する歴史的な解説や、殉死の刀などが展示されていました。驚いたのは原敬記念館と外山神社にもある「菊花御紋章入 三組銀杯」を発見したことです。場所と時代を超えたつながりを感じました。明治時代の歴史と馬に興味がある方にはぜひ訪れていただきたい場所です。
- 乃木希典陸軍大将
飯島氏の案内で、気が付けば14時30分。あっという間の2時間でしたが、本当に貴重で有意義な時間を過ごすことができました。飯島氏に心から感謝し、乃木神社を後にしました。
未来へ続く誓い
妻とともに長年続けてきた乃木神社の新春祈願。今年もこうして訪れることができ、改めてこの地が私にとって特別な場所であることを実感しました。私たち夫婦の始まりがあり、馬に導かれ、歴史に触れ、心が満たされる時間でした。
来年も、再来年も。これからも乃木神社への参拝は、私たち夫婦の出発点への帰郷として続けていきたいと思って居ります。貴重な時間をくださった飯島氏、そして乃木神社の皆さま、本当にありがとうございました。
この宮沢賢治と外山牧場のホームページの歴史ページに日露戦争乃木希典大将のページを作成する予定です。
ビヤホール 銀座ライオン
乃木神社を後にし、新橋に移動。新幹線の出発時間までの限られた1時間を、新山氏行きつけの「生ビールにこだわる!ビヤホール銀座ライオン」で再び昼飲み。美味しい生ビールをいただくことになりました。
先程の神社探訪を振り返ると、まるで明治時代にタイムスリップしたかのような、不思議な感覚に包まれました。赤坂に居を構えていた新山荘輔場長と乃木希典大将。お二人が皇室や馬事関係を通じて、顔見知りであった可能性が、今回の訪問でますます濃厚になったように感じます。これもひとえに、新山春一さんが同行してくださったおかげです。
短い時間ではありましたが、美味しい料理と生ビールを堪能し、新山氏と再会を約束して、盛岡へと向かう新幹線に乗り込みました。2日間にわたる東京でのミッションは、こうして無事に完了しました。