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探訪経緯14-1(毒を食らわば皿まで!)

幻の牧場を追って:北海道、衝撃のデジャヴ旅!

御料牧場ミステリー、新山場長がキーパーソン!?

下総御料牧場のあった三里塚記念館で、明治維新後の日本の西洋化についてお話を伺い、御料牧場の成立ちを知ることができました。少しずつ、牧場長だった新山莊輔という人物像が見えてきたのですが、どうも「外山御料牧場」の全体像までは、まだたどり着けていないようです。

下総、新冠、外山の御料牧場長と、小岩井農場長を兼務していた新山莊輔氏こそが、このミステリーを解く大きなカギだと確信しています。明治・大正時代、千葉、北海道、岩手の四つの牧場を駆け巡った新山場長の目には、一体何が映っていたのでしょう? その世界を少しでも覗いてみたい衝動にかられていました。

三里塚の「桜まつり」での懇談以来、私の頭の中は、二番目に誕生した北海道の新冠御料牧場へと完全にロックオン! 新山場長が牧場に推奨していたという「桜」を全てこの目で見たい! そう閃いた瞬間、頭の中でパトランプが点灯しました。

「フィールドワーク発令!」こうなったら「毒を食らわば皿まで!」と腹をくくり、外山御料牧場の全容を知るため、北海道へ旅立つしかないと決めたのでした。

「ポチっとな」で始まった探求の旅

池上雄三先生の本に出会ってから、もう8年が経ちました。当時はまだインターネットが普及し始めた頃で、ネットカフェで『外山開牧百年史』に記載されていた登場人物や場所を「ポチポチ、ポチっとな」と検索していました。青森の廣澤牧場や、マキノン、上田農夫といったキーワードがヒットした時は、本当に感動しましたね!

それまでは、国立国会図書館に通ったり、古本屋を巡ったりといった地道な作業ばかりでしたから、この検索の便利さはまさに夢のよう。「いやぁ~、すごい時代になったもんだ」と感動しつつ、三浦先生をはじめとする先人たちの研究のご苦労を痛感したものです。

そして、御料牧場の「御三家(勝手に命名)」の次男、新冠御料牧場の情報もキャッチ。新冠御料牧場は戦後に閉場し、現在は独立行政法人新冠牧場に引き継がれていることがわかりました。しかも、なんと5月の桜開花の時期には「静内桜まつり」が開催され、その期間は一般にも開放されるというではありませんか!

妻の英断と「水戸黄門の印籠」

「これは行くしかないだろう!」と、行く気満々だった私は、恐る恐る妻の早知子に提案してみました。我が家には、記念月(結婚式の2月、妻の誕生日の5月、母と義父母の誕生日の10月)には旅行に行こうという恒例行事があります。

「あのさ、5月の記念旅行なんだけど、行きたいところがあるんだけど…」
「どこ?」
「北海道新冠!」
「いいよ」と速攻でOKの返事!

妻も、千葉の下総御料牧場を訪れて以来、新冠のことが気になっていたようでした。さらに、私の相棒である葛西氏も一緒に連れて行くことまで了承してくれ、妻の寛大さには本当に感謝しかありません。旅行雑誌で格安ツアーを調べ、飛行機とレンタカーを駆使する2泊3日の旅程を組みました。そして、思い切って新冠牧場に直談判の連絡。

「下総のこと、岩手の外山のことを調べているんです。ぜひ視察させてください!」と熱意を伝えると、なんと担当の斎藤氏が会ってくれることに! これは幸運です! 旅の成功はすでに約束されたも同然でした。

初のフライトと、馬にナメられた私

2006年5月11日。人生初の飛行機。やっぱりドキドキします。鉄の塊が空を飛ぶのがどうにも信用できない、古い人間なのです(新婚旅行で海外を選ばなかったのも、このビビリのせい!)。羽田から新千歳までたった1時間半。「速い!」と感動しましたが、鉄道もまだロクに普及していない明治時代、新山莊輔場長たちは何日かけて北海道へ渡ったのか…。想像するだけで気が遠くなります。

新千歳空港に着くと、レンタカーで快適なドライブへ。「でっかい道、北海道」のCM通り、どこまでも続く広大な道に「これぞ北海道!」と心底感動しました。宿泊施設は、馬の産地である北海道日高町の観光牧場「日高ケンタッキーファーム」。乗馬、アーチェリー、レストラン、宿泊施設(ログハウス)などがあり。引退競走馬の繋養も行われ、名馬が間近で見られる場所で「馬と桜」を追ってきた私たちの旅には持って来いの場所でした。

もちろん初めての乗馬体験にもチャレンジしました。インストラクターから「馬は人の気持ちがわかるんですよ」と聞かされ、いざ騎乗! 視線が高い! 景色が違います。ところが、インストラクターの指示通りに馬に合図を送っても、私の馬は一向に動いてくれません。準備万端の葛西氏の馬とは大違い。インストラクターに「あちらのお客さん(葛西氏)は、馬との信頼関係が結ばれてますが、お客さんは馬に馬鹿にされてますよ」と笑われる始末。私のビビリが馬に伝わったのか、馬にナメられていたのはかなりショックでした。

夕食はもちろん、外山でも食べられていた御料牧場発祥の料理「ジンギスカン」で舌鼓。その夜は、北海道を満喫した興奮で大量のお酒を飲み、一夜を過ごしました。
※ちなみに、宿泊先の「日高ケンタッキーファーム」は、私たちが行った2年後に経営悪化により閉園していたそうです。良い思い出ができた場所だったので、残念でなりません。

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